【近大革命(4)】大学の実力を評価されていない悲哀に奮起…近畿大学広報部長 世耕石弘(1/2ページ) - 産経ニュース

メインコンテンツ

近大革命(4)

大学の実力を評価されていない悲哀に奮起…近畿大学広報部長 世耕石弘

創設者で祖父の世耕弘一氏の銅像の前に立つ世耕石弘さん=近畿大学東大阪キャンパス(志儀駒貴撮影)
創設者で祖父の世耕弘一氏の銅像の前に立つ世耕石弘さん=近畿大学東大阪キャンパス(志儀駒貴撮影)

▼(3)珍しい名字、近大に進学しなかったのが…から

 平成19(2007)年、近畿日本鉄道(現・近鉄グループホールディングス)の広報担当課長から近畿大学に転じました。ここで近大の紹介を少しさせていただこうと思います。母体は大正14(1925)年創立の大阪専門学校と、昭和18(1943)年創立の大阪理工科大学で、24年に新学制により創設された総合大学です。

 創設者で、学長と理事長を兼ねる初代の「総長」は祖父の世耕弘一です。和歌山の貧しい農家に生まれた弘一は経済的な理由から中学校に進学できませんでしたが、働きながら勉学を続け、日本大学に進学できたのは27歳のときでした。

 日大の勧めでドイツに留学した後、日大教授を経て国会議員になりました。戦後の食糧難の時代には、不正に隠匿されていた旧日本軍の物資を悪徳業者から押収するなど辣腕(らつわん)をふるい、庶民の手に届くように市場に流し「世直し世耕」と呼ばれたといいます。

 その弘一が自身の体験から「学びたい者に学ばせたい」と設立に心血を注いだのが近大です。当然、資金難に苦しみながらの学校運営だったことが、近大の校風やベンチャー・スピリットに影響しています。

 建学の精神は「実学教育」と「人格の陶冶(とうや)」ですが、特に実学教育は、研究成果をビジネスと直結させるモデルを確立した先駆的存在です。先に養殖に成功したハマチやカンパチを市場で売って研究費を稼ぎながら、30年以上かけて不可能といわれた完全養殖を成し遂げた「近大マグロ」は、その象徴といえます。