大相撲初場所

稀勢の里、悲願の初優勝に一筋の涙 千秋楽「しっかり締めたい」

 逸ノ城を一方的に倒し、支度部屋で白鵬の勝負結果を待った。稀勢の里は取組を映すテレビに背を向け、付け人から「横綱が負けました」という震える声を聞いた。小さくうなずき「ふーっ」と息を吐く。向き直って「うれしいですね」と語る右の目尻から一筋の涙が頬を伝った。

 優勝力士に次ぐ成績を残すこと実に12度。何度も、何度も、あと一歩の悲哀を味わった男がついに、その瞬間にたどり着いた。万感の思いだ。こみ上げてくるものを抑えられなかった。

 優勝に迫りながら、照ノ富士、琴奨菊、豪栄道に先を越され、大関で唯一の無冠。「勝負どころでいつも負ける」「心が弱い」と周囲にささやかれる中、見つめ直したのは自らの体だった。

 先代師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)から課された猛稽古に耐え、20代半ばまではがむしゃらに走ってきたが、その恩師は平成23年に急逝。さらに3年後の初場所では右足親指を痛め、初休場の憂き目にも遭った。

 自立心を求められる状況で始めたのは体幹の強化だ。頑丈のように思われながら、検査を受けると、親指だけではなく、左膝、左肩、両手首などに力が入りにくい状況だった。本場所や巡業の合間を縫って、複数の治療院で多いときには週4度の施術を受ける日々。

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