戦時中の空襲から、命がけで守られた肖像画がある。国民的作家、司馬遼太郎さんの歴史小説『菜の花の沖』の主人公で、江戸時代後期の豪商、高田屋嘉兵衛(1769〜1827)の肖像画だ。兵庫県に住む嘉兵衛ゆかりの家に代々受け継がれてきた肖像画は、嘉兵衛同様、劇的な生還を遂げ、今も鑑賞する人たちの関心を集めている。(中島高幸)
日露の橋渡し役を務めた嘉兵衛 一緒に写真に写ると賢くなる?
淡路島で生まれ、優秀な船乗りだった嘉兵衛は、回船問屋を興し成功。商売の拠点とした箱館(函館)の発展や、国後・択捉島間の航路開拓、新たな漁場の発見など、北方の開拓に貢献した。
一方、当時は幕府とロシアとの間で国境や通商をめぐって紛争が起きている時期。幕府側がロシア艦船の艦長を捕縛したが、報復で嘉兵衛が捕らわれた。嘉兵衛は囚われの身にもかかわらず日露の橋渡し役を務め、両国の和解を導いた。
昭和54年、嘉兵衛を描いた『菜の花の沖』が産経新聞で連載され、平成12年にはテレビドラマ化された。
肖像画は晩年に描かれ、紋付きはかま姿の正装で、帯刀もしている。船で鍛えられたがっしりした体格と穏やかな表情で、豪快な人柄をしのばせる。
この肖像画は、嘉兵衛の長女からその息子に託されたが、息子が早世したため、その妻の家系で家宝として代々受け継がれてきた。現在、兵庫県加古川市の松井英互さん(88)兄弟ら3人が共同で所有している。
保存状態がよく、毎年、かびや虫の害を防ぐために日光に当てて大切にされてきた。松井さんは子供のころ「肖像画と一緒に写真に写ると賢くなる」という話を聞き、兄弟と撮影してもらった記憶がある。