石野伸子の読み直し浪花女

野坂昭如のウソとマコト(2)火垂るの墓、戦災孤児「僕は、嘘を着る人間だ」

昭和16年、妹紀久子と。まもなく死亡。後に養女となった妹が「火垂るの墓」のモデル(幻戯書房刊『20世紀断層』から。写真提供・野坂暘子)
昭和16年、妹紀久子と。まもなく死亡。後に養女となった妹が「火垂るの墓」のモデル(幻戯書房刊『20世紀断層』から。写真提供・野坂暘子)

▼(1)ジブリのアニメは「嘘…重荷、実録で書けない」…から続く

 野坂昭如(のさか・あきゆき)の家族関係は複雑だ。その関係について、野坂は虚実織り交ぜ、何度も文章にしている。しかし、野坂が気にかけていることは、書いた時期により微妙に変わる。

 そもそも、本人にも明らかでないことが結構あり、それが新事実としてもたらされることもある(生母のことなど)。そのつど筆の勢いにまかせて書くので、前後でつじつまが合わないことも多々ある。

 「小説とは嘘ばかり。そしてぼくは、嘘が服を着て歩いているような人間だ」

 これは平成22(2010)年に出版された野坂昭如単行本未収録小説集成「20世紀断層」の補巻あとがきに書かれた文章だが、この種の言葉を何度もつぶやいている。

 野坂の死後、夫人の暘子(ようこ)さんが月刊誌「新潮45」に「野坂昭如との日々泣き笑い」と副題をつけた連載を続けているが、そのタイトルが「うそつき」というのも興味深い。

 夫人はタイトルについて「皆さんがそれぞれに描き出す野坂昭如は違います。野坂もいいかげんな人なものですから、人ごとに違うことを伝えていたようです。そこで他の方は知らない野坂を描いてみることにいたしました」とインタビューで答えている(『文藝別冊・野坂昭如 焼跡闇市ノー・リターン』)。むろん、夫人の言葉は愛あふれるジョークだが。

 さて、家族について、野坂はときに無意識に、ときに意識して「嘘」を書いた。複雑な生育環境も関係したといえるが、その「嘘」が思いがけず重い足かせになってしまったのが、「戦争孤児」という「虚構」だ。