銀幕裏の声

「海賊とよばれた男」のもう一つの顔-出光佐三、荒れ果てた故郷の神社を私財投じて復興、有力世界遺産候補に

 一方、映画で描ききれなかった佐三の功績も多い。佐三は明治18年、福岡県宗像郡赤間村(現宗像市)で生まれた。神戸大に進学し、門司や東京などで事業を展開していくが、信心深く故郷を愛する佐三は地元の宗像大社を幼い頃から崇敬。出光興産の東京本社にも宗像大社が祀られていたほどだ。だが、昭和12年に参拝した際、神社の荒れ果てた状況を目の当たりにした佐三は心を痛め、17年、宗像神社復興期成会の結成を呼びかけ自ら初代会長に就任。私財数十億円を投じ、46年まで約30年を費やし、神社再建に尽力した。

地道な努力が世界遺産候補に

 この再建に際しては、政府関係者から「物事には順序があり、再建の前にまず神社の歴史を調査すべき」と提言されたという。佐三は、まず「宗像神社史」の編纂に着手。29年には初めて沖ノ島で学術調査を実施。この調査により、4~9世紀の大量の祭祀遺物が発見され、沖ノ島は「海の正倉院」と呼ばれ、一躍脚光を浴びる。島から出土した宝器や祭器は国宝にも指定されている。

 これらの調査結果などを受け、一昨年、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」は、世界遺産推薦候補に選ばれ、今年、その審査が行われる予定だ。

 「もし、『宗像神社史』が編纂されていなかったら候補に選ばれることはなかったでしょう。また、沖ノの島の発掘調査により、初めて日本の祈りの姿の原型が解明されたと言えます。佐三氏の遺した功績は計り知れません」と宗像大社広報担当の鈴木祥裕さんは説明する。

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