【野口裕之の軍事情勢】中国を警戒し始めた「太平洋国家フランス」の安全保障事情 「対中武器輸出」の蜜を棄て包囲網に加わる? (3/7ページ) - 産経ニュース

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野口裕之の軍事情勢

中国を警戒し始めた「太平洋国家フランス」の安全保障事情 「対中武器輸出」の蜜を棄て包囲網に加わる? 

 その上で、時計の針を1963年まで戻す。フランスは同年、米英が太平洋での核実験を終えたのを横目に、《太平洋実験センター=CEP》を設置し、1966年に核実験を開始した。CEPは仏領ポリネシア内のムルロア環礁とファンガタウファ環礁の核実験場を管理する。周辺の独立国や各列強の海外領土、環境保護団体は激しく反発。FAPFの重要任務はCEPの防衛だった。

 同時に、核実験に対する東西両陣営による情報収集や先住民による独立運動、経済・雇用への不満が元で起きる暴動の鎮圧…にFANCもFAPFも不可欠だった。

 あくまで強気を貫いたフランスも、包括的核実験禁止条約(CTBT)採択を受諾し、1996年に核実験を完了すると、前後して戦略上のベクトルを修正する。

 南太平洋の島嶼国家や列強の海外領土は頻繁に大きな自然災害を受けるが、経済事情もあり対処機能が弱い。といって、豪州やニュージーランドといった地域大国の国軍だけでは、広域かつ島々が点在する南太平洋をカバーしきれない。FANCやFAPF=フランスの南太平洋駐留部隊は次第に、豪州やニュージーランド、続いて次々に独立し増えていく島嶼国家とともに災害対処はじめ密漁監視、海難救助などで共同演習や実活動の輪を広げていった。脆弱な軍・警察力しか持たぬ島嶼国家に代わり、豪州やニュージーランドと協力した治安維持活動も始まった。孤立に近かった自主外交の転換だった。もはや、フランスの南太平洋駐留部隊の支援なしに、各国軍による地域の非軍事・警察活動は成り立たなくなった。

 そうした過程で、地域安定を目指す純軍事的な交流・演習も増えていく。