オリンピズム

1964東京(14)混沌の閉会式、誰もが笑顔 「これがオリンピックです」

歓喜と混沌の閉会式。ザンビアの旗手は担ぎ上げられた(国立競技場)
歓喜と混沌の閉会式。ザンビアの旗手は担ぎ上げられた(国立競技場)

 元TBSアナウンサー、山田二郎は当時28歳、東京五輪閉会式の実況に抜擢(ばってき)された。国立競技場では最後の馬術競技が終わり、閉会式が始まった。いよいよ選手入場。

 国別に整列して行進するはずの選手らが、一団となって入ってきた。肩を組む者、記念撮影に忙しい者、輪になって踊り出す者、誰彼なく肩車で持ち上げる選手。日本の旗手、競泳の福井誠も外国選手が作る騎馬上の人となった。閉会式当日に英国から独立したザンビアの選手団も新国旗とともに担ぎ上げられた。

 思わず山田が発した言葉が「これは何なのでしょう」。放送席のゲストは「東京キッド」「悲しき口笛」の作者で知られる藤浦洸(たけし)。「これがオリンピックです」とさすがは作詞家。うまいことを言う。

 無秩序、混沌(こんとん)。ただし誰もが笑顔にあふれていた。スーツ姿もジャージーの選手も入り乱れ、誰がどこの国の選手かさえ定かではない。競技を終えた解放感、大会が終わろうとする寂寥(せきりょう)感、そうした気持ちが入り交じってお祭り状態を作り上げたのだろう。

 これが「平和の祭典」を象徴する姿と映り、閉会式の「東京スタイル」は、以降の五輪でも採用された。

 ただ、山田は必死だった。画面を見ながら日本人選手やメダリスト、知った顔を見つけてはその名を呼び続けるしかなかった。冷や汗ものの中継だったが評判はよく、会社の幹部も喜んで、次も頼むと1972年の札幌冬季五輪閉会式も山田、藤浦のコンビに任された。