【石野伸子の読み直し浪花女】野坂昭如のウソとマコト(1)ジブリのアニメ『火垂るの墓』餓死した妹「嘘…重荷、実録で書けない」(2/4ページ) - 産経ニュース

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石野伸子の読み直し浪花女

野坂昭如のウソとマコト(1)ジブリのアニメ『火垂るの墓』餓死した妹「嘘…重荷、実録で書けない」

 野坂は実体験に基づいた自伝的作品やそれを実録風に書いた文章を多く残している。

 「アドリブ自叙伝」は昭和48年、雑誌「現代」に連載されたもので、自伝的長編の代表作だ。昭和5年に神奈川県の鎌倉で生まれたが、生後間もなく養子に出され、神戸で育った。「アドリブ自叙伝」ではそんな複雑な生育歴、神戸での空襲体験、「飢えと盗みの日々」をへて昭和22年に上京するまで詳細に語られている。しかし、強く言いよどんでいる部分がある。

 「満池谷の生活から、新潟の実父にひきとられ、野坂の姓を名のるまでを、実録風に書くのは辛い

 満池谷とは「火垂るの墓」の舞台となった場所。「新潟の実父にひきとられ」とは上京後、盗みを働いてたちまち少年院行きとなり、新潟県副知事をしていた実父に引き取られ復縁した昭和22年12月のことだ。つまり、昭和20年夏から22年まで、大阪での生活にほぼ重なる時期の記述に苦しんでいる。

 「ぼくは自分のついた嘘、つまり、自分をあわれな戦災孤児に仕立て、妹思いの兄の如く描いた嘘が、一種の重荷として、はっきりのしかかって来た。本当のことを、やはり書かなければいけないと考え、満池谷へ、この原稿にとりかかる前、出かけたのだ。そして、やはり書けないのだ」(「アドリブ自叙伝」)

 何をそれほどためらっているのか。