【「真田丸」回顧】なぜ「真田丸」はヒットしたのか 「Yahoo!検索大賞」ドラマ部門も獲得、ネットにあふれる「真田愛」(1/6ページ) - 産経ニュース

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「真田丸」回顧

なぜ「真田丸」はヒットしたのか 「Yahoo!検索大賞」ドラマ部門も獲得、ネットにあふれる「真田愛」

【「真田丸」回顧】なぜ「真田丸」はヒットしたのか 「Yahoo!検索大賞」ドラマ部門も獲得、ネットにあふれる「真田愛」
【「真田丸」回顧】なぜ「真田丸」はヒットしたのか 「Yahoo!検索大賞」ドラマ部門も獲得、ネットにあふれる「真田愛」
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 「真田幸村という人はその生涯のうち、最後のたった8カ月で400年間、名前を残した人なんです」-。NHK大河ドラマ「真田丸」の主演・堺雅人は取材の際、このように語っていた。全50回のうち、その最後の8カ月である「大坂の陣」が描かれたのは終盤の約10回にすぎない。だが、最初の「上田編」、中盤の「大坂編」も含め、視聴者の予想を良い意味で裏切り、楽しませる工夫に満ちていた作品だった。平成26年5月のタイトル発表以来、約2年半にわたり取材を担当してきた記者が「真田丸」を振り返る。(文化部 本間英士)

異例ずくめの大河

 思えば、異例ずくめの大河だった。本来、戦国大河の華であるはずの「本能寺の変」「関ケ原の戦い」はあっという間に終了。ストーリーのカギとなっていた人物が、次の回の冒頭のナレーションであっけなく死んでいたり(愛称『ナレ死』)するなど、視聴者の予想を裏切る場面が多かった。脚本・三谷幸喜氏のコミカルなせりふ回しもあいまり、保守的な大河ファンの中には相いれなかった人もいたと思う。

 主人公・真田信繁(幸村)が「調整型主人公」というのにも驚いた。信繁が豊臣家の一官僚として過ごした「大坂編」をていねいに描いた一方で、信繁が幸村と名乗ってからの「大坂の陣編」は、約10回に留まった。つまり、全体の5分の4は幸村にとっての見せ場ではなかったのにも関わらず、多くの視聴者を飽きさせなかったのである。