正論

漱石が仰ぐ「立憲君主制」の天皇 国民感情に乗じてはならない 東京大学名誉教授・平川祐弘

 新聞が「畏れ多い」と一斉に右に倣(なら)えをする。すると漱石は諸新聞の皇室に対する言葉遣いが極度に仰山(ぎょうさん)過ぎて「見ともなく又読みづらく候」(森次太郎宛、大正元年八月八日)といい、オベッカの語すら用いて非難した。

 漱石の時代も今も日本は立憲君主制である。記者も学者も「大御心」とか「承詔必謹」などの言葉を安直に使うのは控えるべきだろう。政府も政党も国民感情に乗じたり、動じたりしてはならない。

 漱石は天皇陛下のご意向を優先することの是非を自問自答して、ノートにこう記した。これは戦前の『漱石全集』には遠慮から掲載されていないが、含蓄に富む言葉であるまいか。

 〈昔は御上の御威光なら何でも出来た世の中なり〉

 〈今は御上の御威光でも出来ぬ事は出来ぬ世の中なり〉

 〈次には御上の御威光だから出来ぬと云ふ時代が来るべし〉

 その漱石は百年前、大正5年12月に亡くなった。まだ49歳であった。(ひらかわ すけひろ)

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