正論

漱石が仰ぐ「立憲君主制」の天皇 国民感情に乗じてはならない 東京大学名誉教授・平川祐弘

 英語教師だった漱石の面目躍如だ。もっともこんな偏愛が生ずるのは私も語学教師のはしくれだったせいかもしれない。

 『こゝろ』の先生よりも、漱石が『法学協会雑誌』に書いた明治天皇奉悼之辞の方が直接、胸に迫る。明治の国づくりを肯定した堂々たる学者の文章である。

 「過去四十五年間に発展せる最も光輝ある我が帝国の歴史と終始して忘るべからざる

 大行天皇去月三十日を以て崩ぜらる

 天皇御在位の頃学問を重んじ給ひ明治三十二年以降我が帝国大学の卒業式毎に行幸の事あり日露戦役の折は特に時の文部大臣を召して軍国多事の際と雖も教育の事は忽にすべからず其局に当る者克(よ)く励精せよとの勅諚(ちょくじょう)を賜はる

 御重患後臣民の祈願其効なく遂に崩御の告示に会ふ我等臣民の一部分として籍を学界に置くもの顧みて

 天皇の徳を懐ひ

 天皇の恩を憶ひ謹んで哀衷を巻首に展(の)ぶ」

 ≪国民感情に乗じてはならない≫

 だが漱石の漱石たる所以(ゆえん)は、一面では皇室にこのように深い敬意を表しつつも、天皇といえども法律の順守をはっきり言う点だろう。漱石は皇族の勝手気儘(きまま)はいさめた。明治天皇崩御の際も、情に流されやすい世間の風潮を戒め、それを「悪影響」と断じた。

会員限定記事会員サービス詳細