話の肖像画

演出家・鈴木忠志(1)演劇で問う国のあり方

〈シアター・オリンピックスの第1回は1995年のギリシャ大会。鈴木やドイツの演出家、ハイナー・ミュラーら世界の先鋭的演出家が集まり、以後、静岡やモスクワで数年おきに開催してきた〉

最初はギリシャ政府がお金を出して、僕が中心的なオルガナイザーになって始めた。当時はコソボのほか各地で民族紛争が噴出していた頃です。その危機感を共有する演劇人同士、何ができるかという問題意識から始めた。ギリシャ悲劇は、国家や家族について一番考えている戯曲ですから、僕は「ディオニュソス」と「エレクトラ」を上演した。さらに各国演劇人が、国際的かつ世界的視点で、国家について考える芝居を上演した。

2回目は1999年の静岡大会。僕は当時、静岡県舞台芸術センターの芸術総監督で、世界最先端の劇団が40以上参加し、8万人近い観客が集まった。その成功を目の当たりにして、モスクワが3回目(2001年)の開催に手を挙げたんです。ソ連崩壊から間もない時期、プーチン大統領やモスクワ市長がお金を出すと言ってくれた。世界から100劇団が集まり、プーチン大統領にも会った。彼は芝居が好きで学生時代、サンクトペテルブルクの切符売り場に並んだそうです。(聞き手 飯塚友子)

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