ジョンに神道の魅力を教えたのはヨーコだ。私たちの近い祖先に神主がいることも関係しているのかもしれない。ヨーコはウーマン・リブなど男女平等運動や左翼的活動の旗手になったことで誤解されているが、実は「明治の女」なのだ。男につくすし、日本文化にも造詣が深い。折り目正しいところもあり、決して本当の「左」ではない。がんじがらめな因習や、窮屈な日本の人間関係が嫌いなだけなのだ。
ヨーコは私の4歳上で、幼い頃は「ヨーコ姉ちゃま」と呼んでいた。我が一族の間では長いこと「イギリスの歌い手と一緒になったらしい」などと厄介者の扱いをされていたが、私はどういうわけか気が合った。私は演歌が好きで、もともとビートルズやジョン・レノンという人物にあまり関心がなかったから、ヨーコがいなければ、ジョンと話したいと考えることもなかっただろう。1966年にビートルズが来日したときも、会場の日本武道館の会長を務めていた正力松太郎氏から「ピヨトルズという合唱団を呼ぶことになったから切符をあげましょうか?」と誘われたが、断ったほどだ。
しかし、ジョンと知り合ってみると、年が近いこともあり、気が合った。彼は他愛もない話が好きで、ビートルズで作詞作曲のコンビを組んだポール・マッカートニーの名をあげながら「ポールと一緒にハドソン川の上空でUFOを見たことがある」とも言っていた。「銀の棒を組み立ててつくったピラミッドの下にタバコを置いておくと味がよくなる」などと嬉しそうに話していたこともあった。