銀幕裏の声

落下傘・救命胴衣脱ぎ捨てて…護衛なき特攻、被弾した僚機の軍曹は手を振っていた 重爆特攻隊「菊水隊」の真実(下)

 そして14日午前6時半頃、中村さんたち飛行第九五戦隊の重爆7機がクラークフィールド基地を離陸。デルカルメン基地から離陸した飛行第七四戦隊の重爆2機と上空で合流し編隊を組んだ。

待ち伏せしていた敵戦闘機部隊

 9機中、中村さんは2番機パイロットとして、先頭を飛ぶ隊長機の右側に位置するよう機体を寄せた。

 「約60機の戦闘機が重爆の護衛につくと聞いていたのですが結局、1機も来ませんでした。連日の連合軍の猛攻で、そんな数の戦闘機が残っているはずはなかったのです。私たちは重爆だけで目的地へ向かいました」

 雲の上を飛びながら、中村さんはひたすら隊長機から離れないよう、そのすぐ後を追った。

 「もうすぐ目的地だ…と思ったとき、隊長機が下降を始めました。そして、隊長機の前方背中にあるジュラルミン製の赤と白色で塗られた2本の信号旗がパンと立ち上がりました。『戦闘隊形を組め!』の合図です」

 中村さんは隊長機の右翼ぎりぎりまで機体を近づけていき攻撃態勢をとった。

 「ところが雲の下に出たのに、敵船が一隻も見当たらないのです。隊長機はなぜ攻撃の合図の旗を立てたのか? ハッと気づくと、十数機の米戦闘機が隊長機の後ろにくらいついていたのです。隊長機の機関砲手が必死の形相で応戦しているのが見えました」

生死を分けた不時着

 米戦闘機P47サンダーボルトの攻撃で被弾した僚機が、中村さんの目の前で、次々と墜落していった。

 「3番機が真っ赤な炎と黒煙を噴きながら海へ突っ込むとき、操縦席の後ろで、日の丸の鉢巻きを締めた機関砲手の軍曹が手をふって別れのあいつをしていた姿が今も目に焼き付いています」と中村さんはつぶやいた。

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