【銀幕裏の声】落下傘・救命胴衣脱ぎ捨てて…護衛なき特攻、被弾した僚機の軍曹は手を振っていた 重爆特攻隊「菊水隊」の真実(下)(1/4ページ) - 産経ニュース

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銀幕裏の声

落下傘・救命胴衣脱ぎ捨てて…護衛なき特攻、被弾した僚機の軍曹は手を振っていた 重爆特攻隊「菊水隊」の真実(下)

【銀幕裏の声】落下傘・救命胴衣脱ぎ捨てて…護衛なき特攻、被弾した僚機の軍曹は手を振っていた 重爆特攻隊「菊水隊」の真実(下)
【銀幕裏の声】落下傘・救命胴衣脱ぎ捨てて…護衛なき特攻、被弾した僚機の軍曹は手を振っていた 重爆特攻隊「菊水隊」の真実(下)
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 第二次世界大戦下、陸軍の百式重爆撃機「呑龍(どんりゅう)」パイロットとして、フィリピンのクラークフィールド基地に転戦していた中村真さん(93)に運命の日がやってくる。昭和19年12月14日、「菊水隊」と命名された陸軍特別攻撃隊二番機のパイロットに、当時21歳の中村さんは任命されたのだ。それは重爆(重爆撃機)のみで編成された特攻作戦だった。「それまでの出撃は敵が攻撃し難い夜間爆撃ばかり。突然の日中の爆撃命令でしたのでこれは特攻だと覚悟しました」。中村さんは武者震いしながら自分を鼓舞したが、同じ機には通信士や機関砲手など5人が配置されており、「自分の操縦で敵艦に突っ込み、一緒に死なせていいものか…」という迷いが何度も頭の中をよぎったという。(戸津井康之)

確実な方法で撃沈せよ!

 特攻の出撃命令は前日の12月13日夜、隊員たちに伝えられたという。

 「隊長からは、それぞれ『確実な方法で敵を撃沈せよ』と訓示がありました。このとき体当たりで沈めろとは言わなかったんです」

 一方で出撃前、隊長はこんな行動を取った。

 「攻撃時に身につけるパラシュートの縛帯(ばくたい)と海に落ちたときに使う救命胴衣を戦隊本部のテントの中に脱ぎ捨てたんです。これを見て隊員全員がそれにならいました」。それは決死の覚悟を固めた瞬間だった。

 中村さんは同じ機体に乗る5人で集まり、こんな作戦を立てたという。

 「一番大きな敵船を攻撃しよう。まず私が爆撃をしかけるので、前方射手は機銃を全弾撃ち込んでくれ。爆撃後、敵船を飛び越して海面スレスレを飛ぶから、今度は後部射手が機銃を全弾、撃ち込んでほしい。それでも敵船が沈まなかったら、反転して突っ込むから覚悟してもらいたい」