梯久美子さん「狂うひと」 島尾ミホの評伝 「死の棘」をめぐる夫婦の壮絶な闘い(3/4ページ) - 産経ニュース

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梯久美子さん「狂うひと」 島尾ミホの評伝 「死の棘」をめぐる夫婦の壮絶な闘い

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 家庭を修羅の場にしたいという敏雄の暗い欲望にミホは無意識に応え、狂気に陥ったのだろうか。敏雄は『死の棘』で作家としての地位を確立し、妻の精神安定のため細心の注意を払って生活するようになる。ミホの遺品から、精神病棟入院中に書かれた「ミホの命令に一生涯服従す」という敏雄の血判入り誓約書が見つかり、小説に描かれた2人の関係が現実だったことを証明する。

 一方、梯さんが「最大の犠牲者」と呼ぶのが、敏雄の愛人で、『死の棘』で「あいつ」と呼ばれる女性だ。女性は、夫妻を脅迫するひどい女として描かれながら、反論の機会もないまま死去した。しかも平成17年、敏雄の死後に出版した「『死の棘』日記」では、編集を担ったミホが、都合の悪い部分を改変して刊行していたことも判明する。

 強い者、生き残った者が記録を上書きする人間の業と、死後も続く重層的で恐ろしい夫婦の絡み合いの一部始終。それを目撃させられたような重苦しい評伝だ。

 「ミホさんが隠しておきたいことも書くことになった。でも、南の島の聖なる少女のイメージや、夫から『愛される存在』として神話化されるより、生身の女としての悲しみや弱さを記したい。『書くこと』は暴力に通じる。私もそのことを自覚する一人です」