【自作再訪】高木敏子さん「ガラスのうさぎ」 物言わぬ人々の思い伝える 戦争の結果、起きたことを知ってほしいのです(1/4ページ) - 産経ニュース

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自作再訪

高木敏子さん「ガラスのうさぎ」 物言わぬ人々の思い伝える 戦争の結果、起きたことを知ってほしいのです

本誌学芸 自作再訪用「ガラスのうさぎ」
本誌学芸 自作再訪用「ガラスのうさぎ」

 昭和52年に刊行された『ガラスのうさぎ』(金の星社)は、東京大空襲などで両親と妹2人を失った高木敏子さん(84)が自らの体験をつづったロングセラー。累計発行部数は200万部を超え、映画やテレビドラマにもなった。世代を超えて読み継がれる不朽の名作はどのように生まれたのだろうか。(聞き手 村島有紀)

 あの戦争で、何があったのか。両親や幼い妹たち、物言わぬ人々に代わって、私が伝えていかなければと思ったのは20歳のころ。自治体主催の成人式がありましたが、両親のいない私は祝ってもらう気になれず、1人で両親のお墓参りに行ったのです。そこで目にしたのが「戦災横死」という言葉でした。横死とは、志半ばで倒れること。あの戦争では、志半ばで亡くなった人がたくさんいたんです。

 《同書は、太平洋戦争末期に家族4人を相次いで失った少女の視線から戦中戦後を描くノンフィクション。疎開や空襲による悲劇、戦地から帰った兄と必死に生きた戦後の生活がつづられる》

 昭和20年3月10日の東京大空襲では10万人以上が焼死したといわれます。東京・両国の近くにあった私の自宅は焼け、母と妹2人の遺体は今も見つかっていません。運良く助かった父も、私を連れて新潟に避難しようとした8月5日、米軍の機銃掃射で疎開先の駅で亡くなりました。