湯浅博の世界読解

ドゥテルテ旋風後の中国は南シナ海で「戦略的小休止」

フィリピンの風雲児、ドゥテルテ大統領は、中国と日本を旅して「矛」と「盾」を売り歩いた。それは、まるで韓非子がいう楚の国にいた矛盾を売る男とそっくりなのである。

男がいわく、「この矛はどんな盾でも突き破れるし、この盾はどんな矛でも破られない」と豪語した。すると別の男が聞いた。「では、その矛でその盾を突いたらどうなるのか」。こう問われて男は窮地に。これが矛盾の語源になった。

その矛盾男のドゥテルテ大統領は、北京や東京で何を売り歩いたのだろう。「D旋風」の爪痕を検証するとこんな具合になる。

最初の北京では、「米国との離反」を強調して、「中国の考え方に同調する。今度はプーチン露大統領と会談して、中露比の3カ国が世界と対峙(たいじ)していると言うかもしれない」と大言壮語した。東京に舞台を移すと、南シナ海問題では「常に日本の側に立つ」というかと思えば、米軍を指して「2年以内の外国軍撤退」を口にする。