広島女学院に60年ぶり、中高生の絵が里帰り

 被爆からの復興期に広島女学院(広島市中区)の中・高生らが描いた風景画など絵20枚が、英国・マンチェスター市から約60年の歳月を経て里帰りした。「平和な日常」を題材にしたものが大半で、うち1枚は卒業生の臨床心理士、倉永恭子さん(77)=広島市東区=の作品と分かり、引き取られた。残りの作品は3日の同校の中・高校合同文化祭で一部を展示した後、広島女学院歴史資料館(広島市東区)などで保存する。

 広島女学院は、爆心地近くにあり、原爆投下で生徒と教職員ら約350人が被爆死した。里帰りした絵は復興期の昭和20年代後半ごろに描かれたとみられる。

 原爆ドームを描いた1点以外、被爆の惨禍をうかがわせるものはなく、花瓶に生けられたユリやダリアといった花、島や海岸を描写したものなど平和な日常の一コマを描いた静物画、風景が中心だった。

 これらの絵は、全国の児童らが描いた絵と合わせ計約60枚が、戦後に海外との平和・文化交流を進めた当時の広島女学院院長、故・松本卓夫さんからマンチェスター市の教育家に渡されたとみられる。

 絵は長年、大切に保存され、教育家が亡くなる前、詳しい経緯は語られることなく、マンチェスター市の元美術教師、マイク・スティーブンソンさん(72)に一式が託された。

 そして、英国・ロンドンで絵画展を開催した後、スティーブンソンさんから「被爆地の子供たちが復興期に『日常生活』を切り取って描いたことに、平和を訴える力強さを感じる。私は管理しているだけなので、ぜひ広島に返したい」と申し出があり、今年7月下旬に広島、マンチェスター両市を介して里帰りが実現した。

 広島女学院が、作品を描いたとみられる20人のうち、存命と分かった11人に確認したところ、うち1枚は倉永さんが世界平和記念聖堂(中区)を描いたものと判明。広島女学院中学校で絵の返却セレモニーが行われ、星野晴夫校長から倉永さんに絵が手渡された。

 倉永さんは「どういうテーマで描いたかは覚えていないが、60年間も大切にしていただき、心から感謝します。絵は家に飾ります」と話していた。

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