竹島を考える

相変わらず天動説を唱える韓国や米学者、事実を見ない主張はガリレオ断罪裁判と同じ

ソウルの日本大使館前の慰安婦像。韓国側が竹島、慰安婦で繰り広げる“天動説”は、地動説を否定したガリレオ有罪判決と変わらない
ソウルの日本大使館前の慰安婦像。韓国側が竹島、慰安婦で繰り広げる“天動説”は、地動説を否定したガリレオ有罪判決と変わらない

竹島問題に限らず、日韓の間にわだかまる歴史問題の解消は、韓国側がいつ「コペルニクス的転回」を遂げられるかにかかっている。それは「独島(竹島)は我が領土」という天動説を唱える韓国側が、「竹島は日本の領土」と認めた時である。

真実の解明には長い年月が必要

地動説を唱えた天文学者のガリレオ・ガリレイは1633年、異端審問所審査で有罪判決を受け、ローマ教皇庁から終身刑を言い渡された。『聖書』(「創世記」)の冒頭に「はじめに神は天と地を創造された」とあるように、天と地は神が創ったものだからだ。

そのローマ教皇庁が「ガリレオ裁判」を誤りと認めたのは1992年。ヨハネ・パウロ2世の時という。真実を明らかにするためには、長い歳月が必要ということだ。

近年話題の北方領土問題も、歴史の事実から言えば、南樺太と千島列島が日本に戻った時が真の解決だが、日本政府の動きはいささか短兵急である。外交懸案に対処するには、持続的で戦略的な対応が不可欠である。拙速な決断は、他の外交懸案にも悪しき影響を及ぼしかねないからだ。

韓国側に言質取られた「村山談話」

現に1995年の『村山談話』(戦後50周年の終戦記念日に際して当時の村山富市首相が出した談話)では、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を…」としたことから、日本は言質を取られてしまった。

韓国側ではその後、竹島の領有権を主張する日本に対し、それを封印する際に、日本を侵略国家として「村山談話」を引き合いに出してくる。

だが竹島は、歴史的に韓国領であった事実はない。にもかかわらず、『村山談話』では「植民地支配と侵略」として、それを「過ち」としたため、日露戦争中(1905年)に竹島を日本領に編入し、その5年後に韓国を併合した歴史が結び付けられ、竹島の日本領編入は、「帝国主義的な侵略」として強調されることになったのである。

歴史を演繹法で論ずる韓国

韓国側には、歴史を演繹(えんえき)的に論ずる傾向がある。その一例として、この9月29日、「大邱(テグ)新聞」(電子版)に寄稿した大邱大学独島研究所所長の崔長根(チェ・ジャングン)教授による『独島が韓国の領土と言う歴史的証拠は完璧だ』がある。彼はそこで次のように述べている。

「独島は太初から欝陵島(うつりょうとう)から肉眼で見える島で、『三国史記』によれば、古代時代、于山国(うさんこく)=鬱陵島=に人が住んでおり、512年、于山国は新羅に編入された。『高麗史』によれば欝陵島に高麗の人々が生活し、肉眼で見える独島を往来した」

確かに『三国史記』の512年条には、于山国が新羅に編入されたとする記事がある。だが『三国史記』では、于山国の範囲を「地方一百里」とし、『三国遺事』では「周廻二萬六千七百三十歩」と明記している。これは于山国が、欝陵島一島であったという意味だ。独島が于山国に属していたとする記述は、『三国史記』にも『三国遺事』にもない。

崔氏の恣意的な文献解釈

また、高麗の人々が「肉眼で見える独島を往来した」とするなら、文献的証拠を挙げ、往来した事実を実証しなければならない。論拠も示さず、欝陵島から独島が「見える」という理由だけで「独島は韓国領だ」とするのは、歴史の捏造(ねつぞう)である。崔氏の恣意(しい)的な文献解釈は、次の一文でも指摘することができる。

「世宗実録地理志と東国輿地(よち)勝覧(いずれも朝鮮の地誌)によれば、朝鮮の朝廷は島民保護のため、陸地に刷還(さつかん)(移)して、欝陵島を空けたが、捜討使(捜索隊)を派遣して東海の欝陵島と于山島(ここでは独島の意味)二島を領土として管理した」