真実を探して「大川小津波訴訟」判決

遺族ら 勝訴も残る不満「原因究明されていない」 

 「なぜ我が子が亡くならなければならなかったのか。真実の究明を続けたい」-。東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が亡くなった石巻市立大川小の津波訴訟。遺族らは勝訴を喜ぶ一方、多くの子供たちが犠牲となった原因が明らかにならなかったことや、同市が津波の資料を廃棄するなど不適切な対応をとったことについて責任が問われなかったことについて不満も出た。判決後の会見ではそれぞれの思いが交錯した。

 当時6年生の三男、雄樹君=当時(12)=を亡くした佐藤和隆さん(49)は「息子のことが忘れられない。どれだけ怖かったのかなって、宮城、石巻の教育関係者には分かってもらいたい」と話し、涙を浮かべた。その上で、「裁判では子供がなぜ死んだのか、という原因究明はされてない。勝訴はしたが、自問自答して『何に勝ったのかな』って思う。どう究明していくかは白紙状態だが、みんなで話し合って進めていきたい」と話した。

 また、原告団長の今野浩行さん(54)も「知りたかったことは(地震発生から津波到達までの)51分間に学校で何があったのか。なぜ我が子は死ななくてはならなかったのか。それが分からないまま、裁判を終えてしまう」と無念さをにじませた。

 また、3年生の一人息子、健太君=当時(9)=を亡くした佐藤美広さん(55)は市のこれまでの対応について「大川小で起きたことを素直に受け止めてほしい。市や県では防災講習をやっているが、大川小のことは何も出ない。大川小(の事故の総括)をきちんとしない限り、次の防災はあり得ない。きちんと認めて、次に役立てるようにしてほしい」と語気を強めた。

 また、次女の千聖さん=当時(11)=を亡くした紫桃さよみさんは「市の(資料を廃棄するなどした不適切な)事後対応に対して、何一つ責任を認めなかった判決。100%不満です」と怒りをにじませた。

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