追悼・平尾誠二さん

松尾雄治氏「平尾はラガーマンとして完璧だった」 V7と震災で共通点「W杯日本大会まで生きてくれれば…」

東日本大震災復興支援の慈善試合で、新日鉄釜石OBの松尾雄治さん(左)と笑顔で握手を交わす平尾誠二さん=2012年9月、秩父宮ラグビー場
東日本大震災復興支援の慈善試合で、新日鉄釜石OBの松尾雄治さん(左)と笑顔で握手を交わす平尾誠二さん=2012年9月、秩父宮ラグビー場

 日本ラグビー界のスターとして活躍した平尾誠二さん(53)の早すぎる死を受け、日本代表でともにプレーした元日本代表主将の松尾雄治さん(62)は「(3年後の)ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会まで生きていてくれれば…。人生の幸せは生きる時間の長さではないと言っても、あんまりだ」と無念さをにじませた。

 松尾さんは1980年代、社会人トップチームの新日鉄釜石(岩手県釜石市)所属時に、平尾さん擁する大学王者の同志社大と日本一を争った。松尾さんは当時の平尾さんについて「体は大きいし、スピードはあるし、パスもうまかった」と振り返り、「何度もこちらのプレーを読まれた。洞察力もあり、ラガーマンとして完璧だった」と評する。

 日本代表では、司令塔を務めた松尾さんのパスを、直接受けていたのが平尾さんだった。「平尾とは本当に仲が良かった」という松尾さん。グラウンド外での思い出も多いという。「夏合宿で一緒に合宿所を抜け出したことがあったし、2人で示し合わせて(一部で挙がっていた噂通り)仲が悪いふりをしたこともあった。平尾はひょうきんな男だったよ」

 現役引退後の平尾さんは、ラグビーを題材にした講演会を数多くこなし、ラグビーの普及や人材教育にも奔走していた。松尾さんは「当時はあそこまで情報発信に尽力する人はあまりいなかった」と振り返る。

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