佐渡島に「孫ターン」続々 移住スムーズ、観光振興にも一役 - 産経ニュース

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佐渡島に「孫ターン」続々 移住スムーズ、観光振興にも一役

 両親のいずれかが生まれ育ったものの、現在は住んでいない地域に子世代が移り住む「孫ターン」が佐渡島(佐渡市)で相次いでいる。独身の若い男女が多く、先祖代々の地域住民は「誰それの孫か」と気軽に受け入れ、大歓迎。異なる視点や感性を持つことから、行政側も「観光振興に一役買ってもらえる」と期待を寄せている。 (市川雄二)

 和歌山市内に住む和歌山大観光学部3年の江龍田崇大(えりゅうでん・たかひろ)さん(21)は9月上旬、亡き祖父母が住んでいた佐渡市旭の田んぼで器用に刈払機を操っていた。こしいぶきの収穫前の草刈りだ。

 4月から9月末まで孫ターンした江龍田さんは、中学卒業までは佐渡市出身の父親ら両親と新潟市東区で暮らし、幼い頃から盆や正月に佐渡を訪れていた。「食べ物もおいしいし『何かいいな』との思いが心のどこかにあり、時間のある今がチャンスだと思った」

 集落の飲み会で、自ら「孫ターンはよそ者」と話した。すると「(江龍田家の屋号の)甚平さんとこの子供というイメージだから、完全なよそ者じゃないよ」と言われ、受け入れてもらいやすいと感じた。

 孫ターン中は週に1回、インターネットを使ったテレビ電話を通じ、大学のゼミにも出席した。「いずれ佐渡で働きたい」という。

 ◆地元が受け入れ

 佐渡市の地酒「真野鶴」醸造元の尾畑酒造に2月、埼玉県出身の備家(びか)悠一郎さん(28)が中途入社した。営業活動などで忙しい日々を送っている。埼玉県に住む父親が同市東部の柿野浦出身。備家さんが大学1年のとき、柿野浦で暮らしていた祖父が他界し、祖母も前年に亡くなっていた。

 神戸市の物流会社に就職し、茨城県の支店に勤めていたが、法事で柿野浦を訪れたとき、周辺の田んぼがなくなり、様変わりした風景に愕然(がくぜん)とした。同時に働く場として移住を考えた。当初は不安だったが、春祭りに参加した際、受け入れてもらえたと実感した。「孫ターンはスタートに過ぎない」。いつか田んぼを復活させたいという。

 ◆新たな視点

 佐渡市の人口は1日現在で5万7701人。10年前より1万179人も減った中で、孫ターンは行政にも好影響をもたらしている。

 「孫ターンした市の職員がこの5年で5人ほどいる」と、市観光振興課の大橋幸喜(こうき)課長は話す。社会福祉課の小柳飛鳥(あすか)さん(25)もその一人だ。

 新発田市出身の小柳さんは子供の頃、夏や冬の休みに佐渡市畑野にある母親の実家を訪れていた。平成26年に山形県の大学を卒業後、佐渡での生活を選んだのは「若いうちにしか東京に行けないとの考えもあるが、逆に佐渡には今しか行けないとも思った」。祭りが多く、新鮮な魚が安くておいしいと笑顔をみせる。

 「『若いのになぜ来たの』とよく聞かれる」と小柳さん。大橋氏によると、島外からの移住者の感性は貴重だという。「ずっと住んでいる人には気づかない視点で見てもらえる。新たな観光資源の発掘につながることを期待している」

 孫ターンの命名者で、認定NPO法人ふるさと回帰支援センター(東京)の嵩(かさみ)和雄副事務局長(44)は「血縁関係のある人たちなので、地域も安心感をもって迎えている」と、スムーズな移住につながりやすいと指摘。実態の把握は難しいものの、県も「いろいろな人に県内に来てもらいたい」と歓迎している。