集え!戦国武将・脇坂安治の子孫たち…滋賀・長浜で全国サミット目指す

小谷城戦国まつりで戦国武将の脇坂安治を説明する脇坂さん=長浜市
小谷城戦国まつりで戦国武将の脇坂安治を説明する脇坂さん=長浜市

 滋賀県長浜市出身の戦国武将、脇坂安治で地域活性化を図ろうと、地元住民らでつくる顕彰団体が「脇坂サミット」の開催を目指している。子孫たちが市で交流し、ルーツの地に親しみをもってもらい、地域のPRにつなげる狙い。同市出身の戦国武将のなかでも石田三成などの陰に隠れ知名度は今ひとつだが、関係者は「全国に散らばる脇坂一族が市に集うことで、武将・脇坂安治をPRしたい」としている。

 取り組んでいるのは「脇坂甚内安治候顕彰会」。平成8年に発足し、メンバーは13人。同市の小谷山にある小谷城跡で開かれた地域イベント「小谷城戦国まつり」にも出展し、来場者に脇坂安治の功績をPRした。

 脇坂安治は、小谷山にある脇坂谷の出身とされる。豊臣秀吉が天下統一の足がかりとした賤ケ岳の戦いで活躍し「賤ケ岳七本槍」の1人に数えられる猛将。江戸時代は、子孫が龍野藩(兵庫県)の藩主を務めた。

 顕彰会の事務局長、脇坂忠彰さん(70)は「全国の子孫に、先祖のルーツの地をしのんでほしい」と話す。同まつりでは、訪れた歴史ファンに安治の功績を熱心に説明した。今後も歴史イベントなどで、脇坂安治をPRしていくという。

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