都市を生きる建築(76)

今でも現役、船場商いの歴史伝える「旧小西家住宅」

【都市を生きる建築(76)】今でも現役、船場商いの歴史伝える「旧小西家住宅」
【都市を生きる建築(76)】今でも現役、船場商いの歴史伝える「旧小西家住宅」
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 大阪の中心市街地は、第二次世界大戦の大阪大空襲でそのほとんどが焦土と化したが、戦災地図などを詳細にみてみると、北浜界隈には焼けなかったところのあることがわかる。その証拠に、現在も適塾(旧緒方洪庵住宅)や愛珠(あいしゅ)幼稚園といった重要文化財に指定されている木造建築や、数は多くないが町家や長屋が街角に建っていて、飲食店などにうまく活用されている。北浜界隈というと近代建築がイメージされるが、実は近世・近代の木造和風建築を巡るのにも格好のエリアなのだ。

 そして北浜にはもうひとつ、忘れてはいけない木造建築がある。堺筋に面して建つ重要文化財の旧小西家住宅だ。船場の町割は街区のちょうど真ん中を東西に太閤下水が通るため、通常、ひとつの敷地の奥行きは街区の半分となる。しかし旧小西家住宅は1街区まるごとの奥行きをもつ大商家だ。敷地の南側に当たる東西の道修町(どしょうまち)は、「くすりの町」として知られた通りで、江戸時代から薬種商が集まり、国内で扱われる薬を一手に引き受けていた。現在も道修町には大手製薬会社のビルが並び、薬の神様である少彦名(すくなひこな)神社では、毎年11月に盛大なお祭りが執り行われる。