水中考古学へのいざない(6)

730年の長い眠りから目覚めた元寇船 謎多き「蒙古襲来」実態解明なるか

†船体構造の核心に迫る

 鷹島周辺ではその後も、学術調査や港湾整備に伴う調査などが行われ、木製の大碇や船体材、帆柱の台座などを確認。元寇船の特徴や構造などが少しずつ明らかになっていった。

 2001年には「蒙古襲来絵詞」に登場する炸裂弾「てつはう」も出土。直径約15センチのほぼ球形で、破裂時の轟音(ごうおん)と火煙で鎌倉武士を驚愕(きょうがく)させた当時の最新鋭兵器だ。内部には鉄くずが詰まったものもあり、殺傷能力の高い散弾式武器と判明。海揚がりの炸裂弾によって史実が裏付けられた。

 そして2011年10月、30年以上にわたって行われてきた調査がようやく実る。琉球大学のチームが、鷹島南岸の沖合200メートル、深さ約23メートルの海底面を1メートルほど掘り下げた位置で、ほぼ原形をとどめた船を発見したのだ。「鷹島1号沈没船」と名付けられた船は、背骨にあたる竜骨(キール)やその両側に沿うように外板材が当時の姿のまま残っていた。船体構造の核心部に迫る貴重な資料であり、全長27メートル前後の大型船と想定された。

 発掘作業には多大な労苦が伴った。潮の流れが穏やかな伊万里湾の海底は、シルト(軟泥)層に覆われている。この海域では年間1ミリ弱ずつ泥が積もるため、約700年前に沈んだ元寇船の上には約70センチのシルトが堆積。潜水できる時間には限度があり、ダイバーたちはエアリフトと呼ぶポンプで少しずつ泥を吸い上げながら発掘作業を行った。私自身も経験があるのでよく分かるが、大変厳しい作業だ。