■仲間との交流通じ自身の過去とも対峙
17日に開幕する「なら国際映画祭」で、児童養護施設出身の若者を描いた映画「チョコレートケーキと法隆寺」が上映される。制作したのは、自身も施設で育った向井啓太さん(24)=王寺町。退所後、自立して生きる仲間の姿を撮ることは、隠してきた自身の過去と向き合う作業でもあったという。向井さんは「映画を見て、何かを感じ取ってもらえたらうれしい」と話す。
夕日に染まる法隆寺を背景に、鐘の音が鳴る場面から、映画は始まる。「古代から続く金属の響きは、全体を柔らかく包み込み、広がっては消えていく」
作中でナレーションも務める向井さんは、寺に近い児童養護施設で5歳から12歳まで過ごした。母親が悪性リンパ腫で他界し、1歳下の弟と、生まれて間もない妹を育て切れなくなった父親が、3人を施設に預けた。
仲間と過ごす施設はにぎやかな一方、当時は門限や外出制限が厳しく、力が強い上級生は「怖い存在だった」という。母親同然に慕う保育士がみな2〜3年で辞めていき、別れの2次体験で泣く子供も多かった。
向井さんは小学校卒業後、弟妹とともに父親に引き取られ、家族4人での生活が始まった。父親への反発から「家を出たかった」という向井さんは県立高校を卒業後、奨学金を受けて慶應義塾大に進学。同じ境遇の子供たちにかかわりたいとの思いから、児童養護施設への学習ボランティアに参加したことが、映画を撮るきっかけになった。
撮影は、20歳を迎えた成人式から始まった。会場で10年ぶりに再会した施設の仲間に了承を得て、カメラを向けた。回を重ねるうちに距離は縮まり、入所当時は知らなかった貧困や、虐待を受けた過去を話してくれたという。
映画は3人の仲間の「退所後」を描くとともに、父親とのぎこちない会話や、母親の出自を尋ねて故郷・長崎県五島列島へ赴く向井さん本人の姿も映す。自身の生い立ちに抱く劣等感や、施設の現状が世間に知られていない悔しさ、父親への怒り。胸に渦巻いていた感情は、撮影を通じた仲間との交流の中で徐々に整理され、「自分自身を客観的に見つめられるようになった」と向井さんは振り返る。
「甘くて苦い過去」と、「生まれ育った故郷への愛着」を題名に表したという同作は、編集期間を入れて約3年で完成。今年2月に東京で開かれた「第7回 座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」で第2位(奨励賞)に選ばれるなど、高い評価を得た。「今は作品を完成させた充足感がある」と笑顔を見せる向井さんは、「これから5年、10年かけてでも、この作品をブラッシュアップしていきたい」という。そうすることが自分自身を内省し、将来への新たな歩みにつながると信じているからだ。
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映画「チョコレートケーキと法隆寺」は19日午後3時半と21日午前11時の2回上映。場所は奈良市のならまちセンター多目的ホール。前売り千円、当日1300円。問い合わせは、同映画祭実行委員会(電)0742・95・5780。