浪速風

「徳」があった文化人類学者

「文化人類学というのは、学才以外に徳がなければできない学問だと思っている」。司馬遼太郎さんは「加藤九祚(きゅうぞう)さんの学問と人間」をこう書き出す。「天の蛇 ニコライ・ネフスキーの生涯」での大佛次郎賞を祝う会が大阪で開かれた。研究者とは異なる人たちがいてスピーチをした。

▶「加藤さんは私どもの隊長さんでしたが、一人残らず元気で国に帰りましょう、それが唯一の目的じゃありませんか、と繰り返し諭された」。シベリア抑留の仲間だった。抑留中にロシア語を学び、それが北・中央アジアを研究するきっかけになった。国立民族学博物館の教授に迎えられたのは50歳を過ぎていた。

▶90歳を超えてなおシルクロード遺跡の発掘調査を続け、ウズベキスタンで病に倒れた。思い出がある。夜、民博の別の研究室で取材をしていると、加藤さんがふらりと姿を見せ、酒宴になった。フィールドワークで日焼けした顔が赤く染まり、にじみ出る温かい人柄に酔った。