しかし曲にまつわるいきさつが忘れられてしまうことは、恐ろしい。戦争の時代を懸命に生きた先人の、実際の姿を忘れることになる。そしてこれらの曲が自明のように流れているのを聴くと、占領が日本人の精神になした刻印がいまだに残っていることを思わざるをえない。
封印された「海道東征」
別の例もある。
交声曲(カンタータ)「海道東征」が、昨年に続き今年も10月3日、大阪市のザ・シンフォニーホールで上演される。
記紀にある初代・神武天皇の東征を題材に、わが国の成り立ちを気高く美しく描いた、日本の至宝といってよい音楽である。神武即位から数えて皇紀2600年となる昭和15年、奉祝曲として発表された。北原白秋の詩に、「海ゆかば」の作曲で知られる信時潔(のぶとき・きよし)が曲を付けた。
しかし戦後は、「海ゆかば」とともに「海道東征」も封印された。戦争にかかわったものを忌避する戦後の風潮が、これらの曲を封じてしまった。「海道東征」が戦後、上演されたことはほとんどない。
この風潮もGHQの占領政策に由来する。昭和20年12月に出されたいわゆる神道指令は国家神道を熱狂的な「カルト」とみなし、国だけでなく公的機関の神道へのかかわりを禁じた。