都市を生きる建築(74)

眠りから覚めた「新しい近代建築」丼池繊維会館

【都市を生きる建築(74)】眠りから覚めた「新しい近代建築」丼池繊維会館
【都市を生きる建築(74)】眠りから覚めた「新しい近代建築」丼池繊維会館
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 「新しい近代建築」という言い回しは、矛盾して聞こえるかもしれない。近代建築というのは、主に戦前までに建てられた古い建物のこと。解体されて数が減ることはあっても、新しく増えることはありえない。しかしこの春、大阪市中央区の本町に、新たな近代建築として丼池(どぶいけ)繊維会館がお目見えした。テーマパークや結婚式場のようなレプリカではない。大正時代に建てられた、正真正銘の近代建築だ。

 丼池繊維会館は、元々1922(大正11)年に愛国貯蓄銀行の本店として建てられた。貯蓄銀行というのは主に個人の小口預金を扱う銀行のことで、1888(明治21)年に設立された愛国貯蓄銀行は、大阪で2番目の規模を誇り、京阪神に支店も構えていた。銀行の統合が進んだ現代とは異なり、戦前までの日本は大小様々な銀行が乱立し、栄枯盛衰を繰り返していた。愛国貯蓄銀行も途中で経営者が変わり、昭和9年には破綻したようである。心斎橋筋の一本東に位置する丼池筋は、繊維の卸業で賑わった商店街だが、戦後間もなく丼池筋界隈で繊維卸業を営む人たちが共同でこの建物を購入し、福利厚生施設のように活用するようになった。その後テナントビル化していたが、2階以上は空室が目立つようになり、思い切ったリノベーションによる再生プロジェクトがスタート、私がその設計を担当することになった。