戦後71年

「最後の戦没艦」の軍艦旗を靖国奉納…終戦前日の香住沖海戦、生存乗組員がけじめ

【戦後71年】「最後の戦没艦」の軍艦旗を靖国奉納…終戦前日の香住沖海戦、生存乗組員がけじめ
【戦後71年】「最後の戦没艦」の軍艦旗を靖国奉納…終戦前日の香住沖海戦、生存乗組員がけじめ
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 「これでけじめがつきました」-。終戦間近にあった兵庫県香美町の香住沖海戦で、「最後の戦没艦」となった海防艦第13号の生存乗組員、菅野昭さん(86)=東京都=が8月24日、同艦の軍艦旗を靖国神社(東京都)に奉納した。軍艦旗は戦後、戦友会が大切に保管してきたが、第13号の乗組員が菅野さんだけになり、「亡くなった乗組員らの慰霊につながる」と奉納した。今年は戦後71年。終戦当時、15歳だった軍人少年のけじめだった。

終戦前日の「香住沖海戦」

 香住沖海戦は終戦前日の昭和20年8月14日昼ごろ、香住沖(香美町)の日本海であった。海防艦の第47号と第13号の2隻が朝鮮半島の船団護衛のため、香住沖で合流しようとして米軍潜水艦の魚雷攻撃を受け、第47号に続いて第13号も沈没。約400人の乗組員のうち56人が戦死し、第13号は太平洋戦争の「最後の戦没艦」となった。

 2隻は今も香住沖約7キロの海底に沈んでいる。52年、地元の香住青年会議所が香住沖をのぞむ岡見公園に慰霊碑を建立。以来、毎夏に同会議所が慰霊祭を行っている。

14歳で海軍に志願

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