浪速風

フジタの戦争画が訴えるもの

「生誕130年記念 藤田嗣治展」で作品に見入る来館者ら=神戸市中央区の兵庫県立美術館(岡本義彦撮影)
「生誕130年記念 藤田嗣治展」で作品に見入る来館者ら=神戸市中央区の兵庫県立美術館(岡本義彦撮影)

芸術を鑑賞する視点ではないが、その生涯を思うとやはり気になる。藤田嗣治は日本と和解したのだろうか-。戦時中の創作活動を戦争協力と批判され、画壇の責任を一人で負う形で日本を去った。そして二度と祖国の土を踏まなかった。「私は日本を捨てたのではない。捨てられたのだ」

▶確かに数多くの戦争画がある。が、それは「国のために戦う一兵卒と同じ心境で」(手記から)描いたのである。しかも、代表作の「アッツ島玉砕」「サイパン島同胞臣節を全うす」は暗い色調の凄惨(せいさん)な地獄絵図である。そこから戦意高揚など微塵(みじん)も感じとれない。むしろ反戦画といってもいい。

▶戦後、スケープゴートのように罪をなすりつけられた。戦前・戦中の歴史を軍国主義で塗り固めるために。藤田の悲痛、激越はいかばかりだったか。「生誕130年記念 藤田嗣治展」が兵庫県立美術館で開かれている(9月22日まで http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1607/index.html)。藤田が描こうとしたものに虚心で向き合いたい。

▼兵庫県立美術館「生誕130年記念 藤田嗣治展」(外部サイト)