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突如なされた天皇陛下の「生前退位」に関する報道に、私は違和感を覚えていた。そもそも、「生前退位」などという言葉がおかしな言葉であり、「譲位」という言葉の方が適切なはずだ。何故、このような不思議な言葉が突如使われたのか、極めて疑問だった。また、仮に天皇陛下のご体調が悪いのであれば、「生前退位」だの「譲位」という形ではなく、摂政を置けばよいのではないか、とも漠然と考えていた。(iRONNA)
なによりも、突如なされた「生前退位」に関する報道が真実か、否かがわからなかった。本当にこの報道が真実で、天皇陛下が「譲位」のご意向だとするならば、それは何故なのか。取りあえず、何もわからないままに憶測だけで何かを論評することだけは避けようと考えていた。それゆえに、天皇陛下のお気持ちを直接拝聴できるという八月八日は朝から緊張していた。
午後3時、天皇陛下のお言葉を拝聴し、文字通り涙が流れた。本当に国民の幸せを祈り、国民とともに歩まれてきたことを改めて確認すると、自然と涙が溢れた。とりわけ、次のお言葉に涙してしまった。「皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」