房総に行こう

日本百名城の一つ佐倉城 江戸城を囲む防衛ライン 曲がり角多く道幅狭まる設計の城下町 

【房総に行こう】日本百名城の一つ佐倉城 江戸城を囲む防衛ライン 曲がり角多く道幅狭まる設計の城下町 
【房総に行こう】日本百名城の一つ佐倉城 江戸城を囲む防衛ライン 曲がり角多く道幅狭まる設計の城下町 
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武家屋敷

 「城はないけど100名城」。佐倉市民が誇りを込めてこう呼ぶ佐倉城は、天守閣などの建物が残っていない城址だが、県内で唯一「日本100名城」に選ばれている。慶長15(1610)年に佐倉藩主となった土井利勝が、中世に築城途中で放棄されていた城を大幅に作りかえ、城下町とともに整備した。

 「佐倉城は、江戸城を囲む防衛ラインの一つとして、小田原城や川越城と並ぶ要衝でした」

 佐倉市役所を訪ねると、教育委員会文化課の猪股佳二副主幹が佐倉城の戦略的価値について説明してくれた。歴代城主20人のうち9人が幕府要職の老中に就いたことからも、重要拠点だったことが分かる。

 明治初期には旧陸軍の歩兵連隊が城内に置かれ、櫓(やぐら)や門などが取り壊された。現在は豊かな自然に恵まれた市民の憩いの場「佐倉城址公園」として一般開放されている。