《閣議参加者の行動や部屋の形状、攻撃開始直前の戦闘ヘリの無線交信など、徹底的な取材によって再現されたリアリティーが観客を圧倒する》
庵野総監督は、昔から正確さに非常にこだわる男。
今回、想像で作った部分はほぼありません。たとえば、首相官邸の内部は非公開の部分が多いけれど、首相と海外要人の記念写真や政治家が不用意にブログに載せた写真などを集め、背景を解析して割り出しました。インターネットに、膨大な国家機密が漏洩(ろうえい)していたんです(笑)。
役者に関しても同じ。会議の出席者がどこに座っていて、誰がそれを言うのか、そのとき立ち上がるのか、座っているのかなどを関係者に取材し、役者に反映してもらう。芝居ではなくて再現に近いものでした。
だけど、リアリティーを重視したせりふは、聞いていて非常に分かりにくい。聞き取れるけれど、漢字に変換できないようなことをずっと言い続けているでしょ。庵野総監督は、膨大な情報量で観客を一種の麻痺(まひ)状態、クラブでのグルーヴ感のようにすることを狙っていたと思います。
製作側からは「分かりやすく言い換えてほしい」という要求があったけれど、闘い続けました。言い換えたら、嘘になってしまう。
《撮影現場で庵野総監督の存在感は際立っていたようだが、樋口監督と対立する場面もあったのか》
僕が対立する前に、庵野総監督とスタッフの誰かが対立している。僕は、その間に入ってなだめすかす役目でした。
庵野総監督はひたすらだれかの仕事を追い詰め、僕らが敷いたレールを踏みつぶしていく。「あー、レールがぺっちゃんこだよぉ…」みたいな(苦笑)。
彼は大半のスタッフを敵に回したけれど、それくらいじゃないと、この作品のレベルに達することはできない。完成した作品の出来を見て、スタッフはコロっと(味方に)ひっくり返った。ああよかった、と思いましたね。
撮影中、「やっぱり庵野はすげえな」と思うこともあれば、「ああはなりたくないな」と思うこともあった。彼はレールを破壊しながらも前に進んで行きますからね。やっぱり庵野総監督はすごい。本当にすごいと思う。(聞き手・岡本耕治)
樋口真嗣
ひぐち・しんじ 1965年生まれ、東京都出身。高校卒業後、「ゴジラ」(84年)に特殊造形として参加したことからキャリアをスタート。その後「ガメラ 大怪獣空中決戦」(95年)などで特技監督を担当。監督作品としては「ローレライ」(2005年)、「日本沈没」(06年)、「巨神兵東京に現わる 劇場版」(12年)、「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 前後篇」(15年)など。