【有川浩のエンタメあれこれ】児玉清さんの遺産―偉大な師からの口伝、「思想」を託された(1/2ページ) - 産経ニュース

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有川浩のエンタメあれこれ

児玉清さんの遺産―偉大な師からの口伝、「思想」を託された

イラスト ほしのゆみ
イラスト ほしのゆみ

 偉大な読書家であった児玉清さんが失われてから五年が経つ。

 訃報を聞く二ヶ月ほど前に、対談の機会をいただいた。

 今思い返しても、独特な熱量のある対談だった。誤解を怖れず率直に言えば、あれほどガツガツと前のめりにお話しになる児玉さんは見たことがなかった。

 日頃とても穏やかで話運びの上手な方だった。いつも原稿をまとめるライターのことまで思いやり、構成を考えながらお話しをされていた。

 その児玉さんが、原稿をまとめるときのことを全く念頭に置いていないかのように、ぐいぐいと話を引っ張って行かれた。立ち会ったライターの吉田大助氏は、テープ起こしが大変だったのではないだろうか。

 談笑という雰囲気は全くなかった。終始、張り詰めたような緊張感があった。

 禅問答で公案を投げかける師のように、厳しい表情が閃(ひらめ)く瞬間が何度もあった。

 「さあ、この問いが分かりますか」眼差しがそう問いかけていた。

 児玉さんをがっかりさせたくない一心で、必死に食らいついた。私が答えると、その度に厳しい表情が和らいだ。

 奇しくも東日本大震災の日だった。長引く大きな揺れに、児玉さんはずっと気づかない振りをされていた。立ち会う全員が不安を押し隠しながら、口頭試問は続いた。対談というより、口頭試問というほうが相応(ふさわ)しいような時間だった。

 緊張感が漲(みなぎ)りつつも、絶対的な信頼感に満たされた時間だった。--喩(たと)えて言うなら、偉大な師に卒試を受けているような。

 対談が終わったとき、初めて児玉さんはほっとしたように微笑(ほほえ)まれた。そして、トランクに一つ分持参された私の本に、全部サインを入れてほしいと恥ずかしそうに頼まれた。厳しい師の顔は消え、いつもの児玉さんが戻ってきた。