都市を生きる建築(72)

日本の様式建築の到達点…三井住友銀行大阪中央支店

【都市を生きる建築(72)】日本の様式建築の到達点…三井住友銀行大阪中央支店
【都市を生きる建築(72)】日本の様式建築の到達点…三井住友銀行大阪中央支店
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 中之島に建つ日本銀行大阪支店を別格とすれば、大阪市内にある銀行の中で、最も「銀行らしい」建築といってよいだろう。北浜の堺筋沿いに建つ三井住友銀行大阪中央支店は、1936(昭和11)年に三井銀行大阪支店として建てられた現役の銀行建築である。

 江戸時代の三井両替店に端を発する三井銀行は、1876(明治9)年に日本初の私立銀行として創業された。大阪では、三井銀行大阪分店の時代を経て、1901(明治34)年に現在地に支店を定めた。1914(大正3)年にはドイツ人建築家、ゲオルグ・デ・ラランデの設計によって西洋式の店舗が建てられている。敷地の南側を東西に通る高麗橋通は、近世から東の大阪城天守閣へと至る目抜き通りとして栄え、通りを挟んだ南側には、阪神淡路大震災で被災するまで三越百貨店が威容を誇っていた。三井にとって、高麗橋は常に大阪のホームグラウンドだった。

 三井といえば、アメリカのトローブリッジ&リヴィングストン建築事務所の設計によって、1929年に完成した東京の三井本館が有名だが、この時期に三井銀行も質の高い支店を各地に建設している。大阪でも同じリヴィングストンの設計によって、船場支店と川口支店が1931年に建てられた(いずれも現存せず)。その堂々たる姿は目を見張るものがあった。