浪速風

ハイカラで明るい戦前

戦後生まれの小欄は、戦前を軍靴が近づく暗い時代と思っていたが、「田辺写真館が見た昭和」(文芸春秋)に目からうろこが落ちた。田辺聖子さんの生家は大阪市福島区にあった写真館で、空襲で焼失してしまったが、そこで撮影された写真にはハイカラで明るい戦前がある。

▶例えば、昭和12(1937)年に小学校に入学した弟は、制服姿で喜色満面、手には五輪マークが描かれた靴袋を持っている。前年のベルリン五輪の余韻に加えて、15年には東京開催が決まり、日本中が沸き返っていた。「庶民の衣食住は向上し、国産の自動車は走り、ビルが建ち、映画館もデパートもダンスホールも満員…」

▶実際には、東京五輪は辛苦の時代をへて39年まで待たなければならなかったが、田辺さんは「日本は敗戦の日に生まれたのではなく」と書く。「それ以前から厚みのある庶民文化がすこやかに機能していて、いろんな文化の花を咲かせていたことを知ってほしい」