浪速風

記念すべき大和撫子の激走

8月2日はわが国のスポーツ史上、記念すべき日である。1928年のアムステルダム五輪。陸上三段跳びで織田幹雄が日本に初めての金メダルをもたらしたが、同じ日に人見絹枝が女子800メートルで銀メダルを獲得した。日本の女子選手で初のメダルだった。

▶人見は100メートル、走り幅跳びを得意とし、さらに走り高跳びや円盤投げもこなす万能選手だった。期待された100メートルで決勝進出を逃し、「このままでは日本に帰れない」と、それまで走ったことのない800メートルに出場した。女子にとって800メートルは過酷である。ゴールした全員が倒れた。

▶「みんな仰向けにひっくり返っているのに、さすが大和撫子(なでしこ)、人見さんはうつ伏せだった」。膝にスパイクの痕があり、血がにじんでいた。織田は目の前での激走に奮起したという。人見はくしくも3年後の8月2日に亡くなった。「一輪の名花散って百花開く」。リオ五輪には日本から164人の女子選手が参加する。