亀岡典子の恋する伝芸

どこを切っても上方色満載「晴の会」の挑戦-一般家庭出身、ゆかたは着崩れ、正座もできなかった塾生が…

 当初、彼らは稽古着のゆかたも満足に着ることができなかった。少し動くと、着崩れてくるのだ。正座も長時間は厳しそうだったし、なかには塾に入るまで、歌舞伎を見たことがないという若者もいた。しかし、講師陣は徹底的に彼らを鍛え上げた。歌舞伎の公演中でも時間が少しでもあくと稽古場にかけつけた。その熱意のおかげで、入塾から1年後の発表会では、時代物の大作「絵本太功記・十段目」を演じるまでに成長したのだ。

 当時、「もうやめよう」と悩んでいたメンバーがいた。しかし、この発表会で観客の歓声と拍手を聞き、もう一度やってみようと決心したという。

20年前は「上方歌舞伎」の意味さえ分からなかったが…

 あれからもうすぐ20年。彼らはしっかり、上方歌舞伎の俳優になった。

 いま、「封印切」や「吉田屋」のような上方狂言で、大坂の色街の遊女や仲居、太鼓持ちなどで彼らが舞台にいると、上方のにおいが濃厚に漂う。風情、生活感すべてが上方の人間になっているのである。

 彼らに聞くと、少しでも関西の言葉がなまっていると、注意し合うそうで、着物の帯の結び方なども上方式にこだわっているという。

 「20年前は、上方歌舞伎ということの意味すらわかりませんでした。でも、いまはなぜ、上方歌舞伎塾が必要だったのか、わかります。自分たちは上方歌舞伎の俳優なんです」。5人は声をそろえる。

 「伊勢参宮神乃賑」は、上方落語「東の旅」をもとに作られた作品。

 上方落語の人気者、喜六(千次郎)と清八(松十郎)がお伊勢参りに出掛ける途中、七度狐と異名を取る狐(千壽)を怒らせ-という展開。

 稽古は、松竹座の「七月大歌舞伎」終演後、夜遅くまで行われ、友五郎の演出のもと、自分たちでアイデアを出し合い、どうしたらおもしろい芝居になるのかを追求している。