「私も引っ張らせて」と母親は言った。ベルトの両端をそれぞれが握り、力を込めて引き絞った。間もなく長女は動かなくなった。
「あんたの人生、奪ってしまってごめんな」
母親は心の中で長女にわびながら、顔の血をていねいにタオルでふき取り、その日は亡きがらの横で休んだ。
父親は亡き娘に手紙を書いた。《かわいそうだが先に逝ってもらう。お父さんもお母さんも後から逝くから》
夫婦は翌日から、死に場所を探して車であちこちをさまよった。20日に大阪府貝塚市の港から車ごと海に飛び込んで自殺しようと試みたが、タイヤがひっかかって失敗。通りかかった人の通報をきっかけに、2人は死体遺棄と殺人の容疑で逮捕された。
「学校へ行きたくない」
長女は小さいころから、トゥレット症候群に悩まされていた。本人の意思に反して、まばたきを繰り返すなどの「運動チック」と、せき払いや叫び声など「音声チック」が1年以上続く疾患を、トゥレット症候群と呼ぶ。
長女にチック症状が現れたのは小学3年生ごろ。無意識につばを吐く症状が出た高学年のときは、周囲の児童から「汚い。お前と物を食べられへん」となじられた。中学校に入ると、体全体を振るわせたり、顔をゆがめたりと症状はさらに悪化した。
我慢強いあまり愚痴も言わない子供だったが、せっかく入学した高校は1学期だけで退学した。通学電車の中でチック症状が出ると他人からじろじろ見られ、疎ましがられた。長女は「学校へ行きたくない」と泣いた。