明石歩道橋事故

発生から21日で15年…遺族「15年は長かった」変わらぬ思い抱え

 兵庫県明石市で平成13年7月、花火大会の見物客らが歩道橋で転倒し、11人が亡くなった事故から、21日で15年となる。事故で幼い子供2人を失った同市の有馬正春さん(57)は「いつも事故当日のことが頭にある」と吐露する。この間、新たな子供を授かった。全国初の強制起訴となった警察官の「免訴」が20日に確定するなど、事故の刑事責任をめぐる節目も迎えた。今も変わらぬ思いと、日々刻々と変化していく生活。有馬さんは「15年は長かった」と振り返る。

あの日のことを

 あの日、家族4人で初めて花火大会に出かけた。小学4年だった長女の千晴ちゃん=当時(9)=と2年だった長男、大(だい)君=同(7)=もうれしそうにはしゃいでいた。2人の手を引き、会場へ続く歩道橋を渡りはじめたが、行き交う人であふれ、身動きが取れなくなった。子供たちを壁際に寄せ、人波の盾になったが離ればなれになってしまった。それが2人との最後だった。

 「その瞬間の2人の不安げな顔が頭から離れない。花火大会に行かなければよかった」。あの夜から、家族の笑い声が消えた。約1年半後には、4人での思い出がつまったマンションから一軒家に引っ越した。

 そんな中、16年に次女の千穂さん(12)が、18年には次男の公(こう)大(だい)君(9)が誕生した。「一気に家が明るくなった。闇の中に希望の光が見えた」と思った。「千晴と大に見守ってほしい」と、2人の名前から1文字ずつ取って名付けた。

 小さい頃から寝顔や仕草が、亡き姉や兄によく似ていた。姉の後を弟が追い、一緒に遊ぶ姿もそっくりだった。千穂さんは中学1年、公大君は小学4年になったが、これまで事故についてきちんと話したことはない。「きっと分かっていると思うが、もし聞いてきたらきちんと話したい」と考えている。