浪速風

遺産はコルビュジエの精神だ

20代初めに独学で建築家を志した安藤忠雄さんは、古本屋で出合ったル・コルビュジエの作品集に衝撃を受ける。そして世界の建築を見て回ろうと、昭和39(1964)年の海外渡航自由化とともに旅立つ。翌年、パリのコルビュジエのアトリエを訪ねるが、数週間前に亡くなっていた。

▶安藤さんの東大での講義録「連戦連敗」に「建築は闘いである」という章がある。国際的なコンペ(設計競技)に参加して落選が続く。それでも「敗退の連続は無駄ではない」として、「創造とは、逆境の中で見出される」と言う。コルビュジエも何度も苦杯をなめた。時代が追いついていなかったのだ。

▶安藤さんは「ロンシャンの礼拝堂」から、造形だけでなく、光を追い求めるだけでも建築ができるという可能性を学んだ。それが茨木市にある「光の教会」に結実した。他にも日本の建築家に影響を与えた作品が各地にある。コルビュジエの精神の継承こそが世界遺産であろう。