【絵ハガキ時空散歩】大戦中の「金属類改修令」を免れた生駒山上遊園地「飛行塔」 - 産経ニュース

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絵ハガキ時空散歩

大戦中の「金属類改修令」を免れた生駒山上遊園地「飛行塔」

生駒山上遊園地の「飛行塔」は、現在も遊園地のシンボルになっている
生駒山上遊園地の「飛行塔」は、現在も遊園地のシンボルになっている

 標高642メートル。大阪平野を見下ろす生駒山上遊園地は、関西有数の歴史を誇る子供の楽園である。ここには時代を生き抜いた最古参の「飛行塔」が存在する。

 昭和4(1929)年、近鉄の前身である大阪電気軌道は、ケーブルカーの山上線とともに、この遊園地を開いた。以来ずっと中心的な役割を担ってきた遊具(アトラクション)が、高さ30メートルを誇る飛行塔だった。

 第二次世界大戦中、金属類回収令により多くの飛行塔が姿を消した中で、この塔は解体を免れることができた。理由は、展望台を兼ねるエレベーター付きだったため、海軍の防空監視所として再利用されたからである。戦後70年余り、手前に見える大山すべりは撤去され、周囲の遊具はすっかり新しくなったが、生駒のシンボルタワーは往時のままである。