過去にロシアや中国、韓国、北朝鮮などの「工作員」「諜報員」とされる人々を取材する機会があった。日本と国交がない北朝鮮以外は大使館など外交機関に籍を置いていたが、このような機関員を公安筋は「オフィシャルカバー(公的隠れみの)」と呼ぶ。
当然のことだが彼らは自ら本来の身分を明らかにすることはない。日本の治安機関は情報を蓄積、分析して何国の誰それは機関員であると「認定」している。
ロシア大使館の武官室は、オフィシャルカバーの巣窟だといわれる。そこにプーチン大統領の信任厚い武官がいた。彼の本籍は軍事諜報機関の軍参謀本部情報総局(GRU)だった。日本語は流暢(りゅうちょう)ではなかったが、年長者を差し置いて武官室のトップとなり、日本の官僚OBや企業経営者らに人脈があった。
一方、大使館政治部に紛れ込んでいた対外情報庁(SVR)要員は安全保障関係の小さな研究会に足しげく通っていたが、筆者が知り合って間もなく胃を悪くし、10年ほど前に帰国した。
武官は初対面の自己紹介で自分の名前を使っただじゃれで笑いを取るなど社交的だった。政治部員は日本語が流暢で話題豊富。人的魅力にあふれていた。
話してみると2人とも特定個人の身辺情報については極めて熱心に聞いてくるが、秘密情報の収集に特別にきゅうきゅうとしている様子はなかった。武官に尋ねると「監視が厳しいですから。危ないことはしていませんよ。大事なのは人脈作りです」と話したが、人脈を何に使うのかは明かしてくれなかった。