スポーツ異聞

イチローを発掘したオリックスの名スカウト、三輪田勝利 「誠意の塊」ゆえの哀しき人生とは…

 高校3年の夏の愛知予選で、イチローは「打率10割」という大胆な目標を立てた。結果は「6割8分」に終わったが、井箟は指名選手らとの会食の席でイチローが豪語したありえない数字に「覚悟」を感じ取った。

「誠意」を尽くした末に…

 プロになったイチローがキャリアを重ねて大成していくほどに、天才を発掘した三輪田への評価は高まった。しかし、常に競争の世界にさらされるスカウトは結果がすべて。1998年のドラフトで、オリックスは沖縄出身の高校生投手を強行指名したが、誠意の限りを尽くしても通じなかったという。

 「選手の自宅前で雨の降る中、6時間待つも、本人に会えない。心配したイチローがそのスカウト(三輪田)に激励の電話を送っている。だが選手には会えたものの、いっこうに交渉は進展しない」(澤宮優『ひとを見抜く』河出書房新社)。人一倍、責任感の強い三輪田は難交渉に思い悩んだ末、沖縄のマンションから飛び降り、自ら命を絶った。53歳の若さだった。

ユニホームの着こなしを見ろ!

 ライバル球団がまだ目をつけていないような「原石」を発掘し、プロの厳しい世界で大成させることは、群を抜く「逸材」を獲得するよりもスカウト冥利に尽きるというものだ。一方、選手にとってもプロへの懸け橋となったスカウトのことを恩師のように生涯、忘れないという。

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