日曜に書く

東京五輪に「東北六魂祭」はいかが 鎮魂と復興への思いを発信 佐野慎輔

 準備期間や運営資金の問題など、決して簡単な話ではあるまい。ただ、被災からの復興をテーマに掲げる東京大会なのだから、東北の人々の鎮魂と復興への思いを東京から発信することが意味を持つように思う。

エネルギー発散の場に

 オリンピックは祝祭である。紀元前、古代ギリシャでは数多くの競技祭が開かれた。デルフィ、イストモス、ネメア、そしてオリンピアは規模が大きく4大競技祭と称し、なかでもペロポネソス半島西部オリンピアで開く競技祭は広く愛され、長く続いて、19世紀のフランス人貴族によって今日に名を残す。

 4年に1度開く競技祭は絶対神ゼウスに捧(ささ)げる宗教儀式であり、競技大会はついでのものだった。ゼウス神殿前で行う選手や審判の宣誓に重きが置かれ、生け贄(にえ)の雄牛100頭を捧げる儀式が重要視された。

 紀元前470年頃定まった5日間の日程初日は開会式。選手らの宣誓の後、儀式の始まりを告げる役とラッパ奏者を選ぶコンテストが始まる。午後はゼウス神殿の森を散策し彫像や絵画を愛(め)でる。詩人が詩を朗読し哲学者は独自の理論を披露、弁論家が声を張り上げ、歴史家は新たな研究を発表する。芸術競技から芸術展示を経て、現在の文化プログラムとなるもうひとつの五輪の起源である。

 一方、神聖な神殿、競技会場周辺にはあらゆる娯楽が集結したという。それを目指し、例えばアテナイから10日以上もかけて多くの観衆が歩いてきた。

 3日間の競技の後、最終日は閉会式。勝者にオリーブの冠が授けられ、混然一体の饗宴(きょうえん)が続く。生け贄の牛を焼く匂いが充満したことだろう。以上はトニー・ペロテット著『驚異の古代オリンピック』を参照した。

 簡単に言えばお祭りなのである。飲んで食らって、騒いで愛でて…その数4万とも5万ともいわれる観衆のエネルギーの発散がそこにあった。

文化に庶民の味付けを

 近年のオリンピックはより競技の比重が増す一方、祝祭的な要素を失っている。テロの標的になりかねないと自動小銃と有刺鉄線で選手と観衆が厳格に分かたれ、地対空ミサイルまでが登場する。選手はドーピングが気になるからと、コップの水さえ、飲むに躊躇(ちゅうちょ)する。

 磨き抜かれたトップ選手の技と力の競演は見るに値しても、祭りの持つ猥雑(わいざつ)な楽しみはない。それが進歩で時代が違うといえばそれまでだが、夢想するような古代の面白みは消えた。

 せめて祭りの楽しさを文化プログラムに込められないだろうか。芸術という格調や博物館から埃(ほこり)を払って披露する展示だけではなく、観衆が一緒になって騒ぎ、楽しむ催しが欲しい。

 やはり祭りである。プログラム担当部局も日本各地の祭りを柱として構想していると聞く。

 12年ロンドン大会は4年間で18万もの催しを行い、芸術に祭りの要素を味付けして4300万人の参加者を集めた。東北六魂祭は仙台の100万人超を別格としても毎年20万から30万人台の動員がある。プログラム申請が始まる8月は夏祭り本番。祭りの力を生かしたい。(さの しんすけ)

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