海峡を越えて 日・韓・朝芸能始末記(4)

政治利用された「親日派」叩き 国民的作曲家・歌手も標的に 

【海峡を越えて 日・韓・朝芸能始末記(4)】政治利用された「親日派」叩き 国民的作曲家・歌手も標的に 
【海峡を越えて 日・韓・朝芸能始末記(4)】政治利用された「親日派」叩き 国民的作曲家・歌手も標的に 
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 戦前・戦中に朝鮮半島から日本へ渡ってきた在日朝鮮人一世たちに愛唱歌を問うたら、日本統治時代の朝鮮で1930年代にヒットした『他郷暮らし(タヒャンサリ)』『木浦(モッポ)の涙』『涙に濡(ぬ)れた豆満江』あたりが必ず上位を占める。日本の歌では田端義夫の『かえり船』、ディック・ミネが歌った『人生の並木路』の人気が高い。故郷や残した家族を思いながら涙しながら歌ったのだという。

 『他郷-』『木浦-』の2つの歌は韓国の大ヒットメーカー、孫牧人(ソンモギン=1913~99年)の作曲だ。

 孫の生涯は、日本となじみが深い。戦前、日本に留学し、85歳で亡くなったときも日本に滞在していた。50年代から60年代にかけ、久我山明の名前で『カスバの女』などのヒットを飛ばしたときは不法滞在を疑われ留置所暮らしまで経験したという。

 孫は『涙-』を歌った金貞九(キムジョング)や「歌謡皇帝」と呼ばれた南仁樹(ナムインス)らにもヒット曲を提供している。これら流行歌は、戦後の韓国でも、ナツメロとして長く愛され、歌い継がれてきた。

 一方、北朝鮮は、日本統治時代に朝鮮人音楽家がつくった流行歌などを「啓蒙期歌謡」と呼び、禁止していたが、80年代半ば以降、再評価が始まり、2001年に訪朝公演を行った韓国の歌手、キム・ヨンジャが金正日の前で『他郷-』などを歌い、メディアで放送されたことで解禁は周知のものとなった。

 日本からの帰国者にもひそかに歌い継がれ、『他郷-』がオハコだった幹部が「やっと大っぴらに歌える」と喜んだというエピソードもある。

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