離島振興のヒントは五島・小値賀に在り

人気を集める古民家宿泊施設
人気を集める古民家宿泊施設

 ■「何も無い」逆手に古民家宿泊に体験型民泊、観光客や移住者増

 五島列島の北端、長崎県小値賀(おぢか)町が近年、移住者や観光客を順調に増やしている。テーマパークや温泉など観光資源や名所は、まったくといっていいほど存在しないが、雰囲気のある古民家や体験型宿泊の情報を発信し、首都圏からも人を集める。離島振興のヒントが、小さな島に秘められている。(九州総局 中村雅和)

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 「雰囲気がすてき」「喧噪(けんそう)を忘れて、自分の時間にひたれそう」

 古民家を改装した宿泊施設で、島外からの女性グループが、ため息混じりにこう感想を口にした。

 古民家は小値賀島の中心部、笛吹(ふえふき)地区にある。平屋瓦ぶきの落ち着いた外観と裏腹に、内部はリフォームが施され、真新しい。敷地からは港が一望できる。

 同町は、小値賀島や野崎島など大小17の島からなる。そこで、古民家を使った宿泊事業は平成21年に始まった。

 島を訪れた東洋文化研究家のアレックス・カー氏(63)が関係者に勧めたという。米国出身のカー氏は、京都の町屋再生事業も手がける。

 コンセプトは「小値賀を暮らす大人の旅」で、現在は島内に宿が5棟、古民家レストランが1棟ある。いずれも町が所有する。

 既存の民宿などとの競合も心配されたが、新たな客層の開拓に成功した。特に首都圏からの20~40代の女性客が目立つ。雑誌や口コミで評判が広がった。

 古民家宿泊は、1人1泊1万1千円からと、島内の宿泊施設の2~3倍もする。にも関わらず、旅行シーズンは予約が取りにくいほどの人気だという。

 町から委託され、古民家宿泊を運営する「おぢかアイランドツーリズム協会」の前田敏幸氏(38)は「自然が残っていることを豊かさと考える人のニーズを、つかめたのでしょう」と分析した。

 ◆世界一の評価

 島は「民泊」の先駆けでもあった。

 観光客が漁師や農家の家に泊まり、魚釣りや野菜の収穫を手伝い、島の生活をそのまま体験する。最近になって都市部で盛んになった、マンションの空き部屋などを活用する民泊とは全く異なる。

 きっかけは「昼は体験ツアーもあるけれど夜は何もないから他の島で泊まる」という観光客の声だった。

 18年ごろ、官民一体となって民泊が始まった。

 島ならではの生活や風習にも触れる点が人気となり、翌年には米国の高校生を対象にした国際修学旅行プログラムで、小値賀島の民泊が世界一の高い評価を受けた。評判は逆輸入し、日本国内からも年2500人の修学旅行生が来るようになった。

 島の民泊は、受け入れ側にもメリットがある。1泊8千円のうち7割は、受け入れた世帯の収入となる。受け入れ世帯は当初の7軒から、現在50軒を超える。

 さらに町は、観光客の希望に沿ってプランを組む「島旅コンシェルジュ」の配置や、ガイド付きの島内ツアーの企画を進める。

 ◆移住組が人呼ぶ

 東シナ海の漁業基地だった小値賀町には最盛期の昭和25年に、1万1千人が住んでいた。だが、漁業の衰退で人口は激減。平成27年国勢調査(速報値)では2560人になった。

 人口減少が続く半面、縁のない土地から小値賀にやって来る「Iターン」が目立つようになった。

 平成9年以降のIターン者は累計180人にのぼり、うち130人が定住した。定着率は7割を超え、町人口の5%にあたる。

 こうした外からの移住者が、さらなる観光客や移住者誘致に知恵を絞る。

 「おぢかアイランドツーリズム協会」の12人のスタッフは、半数が移住組だという。民泊や古民家宿泊のアイデアを出したのも移住組だ。外部ならではの視線で島の観光資源を見いだし、首都圏などでのアピール方法も考えている。

 同協会の前田氏は「多くの漁師を受け入れた歴史からか、島出身かどうかで壁を作らない気風がある。むしろ、これまで島で成功した人は島外出身の方が多いかもしれない」と語った。

 合わせて町は、教育環境の充実にも力を注ぐ。若い移住希望者にとって、気にかかる点だからだ。

 平成19年、町立小中学校2校と、島唯一の高校、県立北松西高校が連携する「小中高一貫教育」を打ち出した。北松西高は1学年20人足らずだが、毎年、九州大などへの合格者を出している。

 町議会議長の立石隆教氏(65)は「島の文化や暮らしを後世に残すために、現在の島民は知恵を絞らなければいけない」と強調する。

 平成22年1億2806万人だった日本の人口は、50年後に8674万人まで減る見込み。政府は「人口1億人」の維持を目標に掲げる。とはいえ、生活条件の悪い離島や山間部では、人口減少は避けがたい。小値賀の取り組みには、人口が減る中でも、島の活気を維持し、コミュニティーを守る手がかりがある。

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