けいざい徒然草

「ブラック・レイン」の汚名返上なるか?福山主演のJ・ウー最新作で問われる大阪ロケの「おもてなし」度

 これによって海外から続々と大阪へロケに訪れることが期待されたが、そうはならなかった。撮影時の規制のあまりの多さに業を煮やしたスコット監督が「二度とこの地では撮らない」と捨てぜりふを残して去り、こうした大阪の悪評が海外の映画界にまたたくまに広まったからだ。

 当時の産経新聞などによると、大阪での主なロケは昭和63年10月末から11月にかけて実施。大阪府庁本館を府警本部として撮影した際、制作側のガードマンが現場付近の通行を制限したため「業務に支障が出る」と府職員らからクレームが出たり、スタッフが撮影効果のために植物油を気化させた白煙が庁舎内に充満して府側が厳重に抗議したり-と騒動が続いたようだ。

 岸昌知事(当時)からは「できる限り協力する」とお墨付きを得ているとの思いがあった制作側に対し、府側は「良識の範囲内で撮影してもらえると思った」と困惑。このほかにも繁華街でのロケに府警からクレームがついたために脚本を大幅に書き換えたり、カーチェイスなどの撮影許可が降りなかったりといった規制の多さが、スコット監督を疲弊させたようだ。

ロケ環境向上の機運

 こうした事態を招いた背景には、ロケ撮影に対する国内外の認識の違いがあったことが大きい。映像作品の撮影を誘致し、地元経済の活性化につなげようとする組織であるフィルムコミッションの一つで、大阪商工会議所や大阪府・市などで構成する大阪フィルム・カウンシル(FC)のチーフコーディネーター、大野聡さんは「米国などでは文化や産業を振興する目的で映画の撮影が優先される土壌がある。海外の撮影陣はそのつもりで来日し、環境の違いに驚かされたのだろう」と指摘する。

 大阪FCは平成12年、前身の大阪ロケーション・サービス協議会が日本初のフィルムコミッションとして発足。「ブラック・レイン」での反省も踏まえつつ、大阪で撮影が行われることによるビジネス機会の創出や経済効果、大阪への集客力強化などをねらって、大阪府内の自治体や企業などの協力を得ながら撮影誘致や協力・支援などに取り組んできた。

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